だつさら医学生の備忘録。
ほぼ平成生まれの大学生に囲まれながら日々を送る30代医学生。 主に医療ネタで考えたことを記録していきます。。。
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アルコール依存症患者の皆さんのお話を聞いて
今日は、アルコール依存症患者さんのお話を聞いた感想を書きたいと思います。
30代から50代ほどの男性および女性患者さんが大学に来てくださり、お話を聞く機会がありました。皆さんは「アルコホーリクス・アノニマス」という自助グループに所属しておられる方々で、依存症に苦しむ皆さんどうしで声を掛け合い、アルコールを口にしない日々の継続を目指しておられます。
まず、自らの苦しい経験を、何らかの形で社会に還元しようという皆さんの強い勇気のある決意と決断に敬意を払いたい、そんな気持ちになりました。
今回のお話を聞いて感じたことは、自分も含めて社会のアルコール依存症に対する無知ぶりでした。
多くの心の病は、本人の意志の弱さや精神の弱さに帰着して考えられがちだと思います。
たとえばうつ病の患者さんに対して「くよくよするな」「なんでそんな考え方するんだ」「そうだからうつ病になってしまうんだ」と言ったって何にもならないことはよく知られています。本人にはどうしようもなくなっているからこそ病いなのであり、それは他の体の病気と同じように細胞レベルで正常な働きが阻害される状態になっているから起こっているんだと言われています。
特に依存症に関してはそのような誤解をつい持ってしまいがちです。
依存症患者さん自身も、自分が依存症だと認識できるまでは「依存症は、意志の弱いとんでもないやつがなる病気だ」という認識を持っておられたそうです。僕自身も今回はっきりとお話を聞くまではアルコール依存症に対する認識は非常に危ういものでした。
うつと同じように、「本人の心持次第でどうにかなるはずだ」という依存症に対する誤解は代表的ですが、例えばこれも誤解だとおっしゃっていました。
「何年も断酒をすれば、依存症患者も次第に正常なお酒の飲み方ができるようになり、ビールを少しぐらいは飲む『普通の酒飲み』の生活をすることができる」
そんな意識から家族や周囲の人が励まし、その後長い断酒ののち少しのお酒を口にすると、またもとの耐えがたい状況に戻ってしまうそうです。脳細胞がアルコールという薬物に対して一旦形成してしまった反応形式は不可逆的で変えられないものになってしまうということです。(という考え方の科学的妥当性は今後勉強していきたいと思います)。
「依存症の人間はとんでもないやつだ」などという偏見はいただけない非建設的なものですが、それはまず「知らない」ということから生じると思います。特にこれから医療従事者になろうとしている我々は、正確な偏見のない知識をしっかりと身に付けていきたいと思います。そして、アルコール依存症は病気であるという正しい知識を社会に対して広く発信していく責任を医療従事者は持っていると思います。
依存症に限らず、(脈絡なく挙げれば)統合失調症や薬害エイズ、性同一性障害、古くはハンセン病など、それ自体の苦しさに加えて周囲の無理解による苦しみをも被る例は枚挙にいとまがありません。特に生命や身体に関わる偏見は容易に広がりやすいのかもしれません。医療従事者の大きな責任を感じます。
30代から50代ほどの男性および女性患者さんが大学に来てくださり、お話を聞く機会がありました。皆さんは「アルコホーリクス・アノニマス」という自助グループに所属しておられる方々で、依存症に苦しむ皆さんどうしで声を掛け合い、アルコールを口にしない日々の継続を目指しておられます。
まず、自らの苦しい経験を、何らかの形で社会に還元しようという皆さんの強い勇気のある決意と決断に敬意を払いたい、そんな気持ちになりました。
今回のお話を聞いて感じたことは、自分も含めて社会のアルコール依存症に対する無知ぶりでした。
多くの心の病は、本人の意志の弱さや精神の弱さに帰着して考えられがちだと思います。
たとえばうつ病の患者さんに対して「くよくよするな」「なんでそんな考え方するんだ」「そうだからうつ病になってしまうんだ」と言ったって何にもならないことはよく知られています。本人にはどうしようもなくなっているからこそ病いなのであり、それは他の体の病気と同じように細胞レベルで正常な働きが阻害される状態になっているから起こっているんだと言われています。
特に依存症に関してはそのような誤解をつい持ってしまいがちです。
依存症患者さん自身も、自分が依存症だと認識できるまでは「依存症は、意志の弱いとんでもないやつがなる病気だ」という認識を持っておられたそうです。僕自身も今回はっきりとお話を聞くまではアルコール依存症に対する認識は非常に危ういものでした。
うつと同じように、「本人の心持次第でどうにかなるはずだ」という依存症に対する誤解は代表的ですが、例えばこれも誤解だとおっしゃっていました。
「何年も断酒をすれば、依存症患者も次第に正常なお酒の飲み方ができるようになり、ビールを少しぐらいは飲む『普通の酒飲み』の生活をすることができる」
そんな意識から家族や周囲の人が励まし、その後長い断酒ののち少しのお酒を口にすると、またもとの耐えがたい状況に戻ってしまうそうです。脳細胞がアルコールという薬物に対して一旦形成してしまった反応形式は不可逆的で変えられないものになってしまうということです。(という考え方の科学的妥当性は今後勉強していきたいと思います)。
「依存症の人間はとんでもないやつだ」などという偏見はいただけない非建設的なものですが、それはまず「知らない」ということから生じると思います。特にこれから医療従事者になろうとしている我々は、正確な偏見のない知識をしっかりと身に付けていきたいと思います。そして、アルコール依存症は病気であるという正しい知識を社会に対して広く発信していく責任を医療従事者は持っていると思います。
依存症に限らず、(脈絡なく挙げれば)統合失調症や薬害エイズ、性同一性障害、古くはハンセン病など、それ自体の苦しさに加えて周囲の無理解による苦しみをも被る例は枚挙にいとまがありません。特に生命や身体に関わる偏見は容易に広がりやすいのかもしれません。医療従事者の大きな責任を感じます。
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